【苫前】太平洋戦争終結直前の1945年(昭和20年)6月、沖縄戦で亡くなった加藤馨(かおる)さん(享年24)=旧苫前村出身=が、戦地でお守りとして身に着けていた日章旗が10日、町在住の遺族に返還された。今年7月に亡くなった馨さんの弟、等さんの妻チヤさん(91)は、そっと旗をなで「お帰りなさい」と声をかけ、故人をしのんだ。
戦時中、兵士が出征時、友人や親族が日章旗に激励の言葉を寄せ書きした。加藤さんの日章旗は、戦後、米海兵隊員が戦利品として沖縄から米国に持ち帰り、保管していた。米兵が亡くなった後、遺品で見つかった。旧日本兵の遺品返還に取り組む米オレゴン州のNPO法人、OBONソサエティが、依頼を受けて遺族を探していた。
日章旗は、文字がにじんだり薄くなったりして判読が難しかったが、日本人スタッフの工藤公督(こうすけ)さんが、馨さんが苫前出身であることを突き止め、等さんに連絡した。等さんは日章旗を見ることなく7月に亡くなった。
OBONソサエティと遺族によると、馨さんは町内三渓地区出身で、41年に召集された。陸軍第24師団第24連隊第5中隊に所属し、武器や弾薬を運ぶ輜重(しちょう)兵として沖縄で従軍。旧日本軍が組織的な戦闘を終えた日とされる45年6月23日前日の22日に戦死した。
今月10日、苫前神社で行われた返還式には遺族7人が出席し、チヤさんとチヤさんの長男、誉美(たかみ)さん(71)が日章旗を受け取った。チヤさんは「お父さん(等さん)と沖縄を訪ねた時、『兄貴、会いに来たぞ』と涙ぐんでいました」と振り返った。誉美さんは「78年後に帰ってきてくれた。おじの望郷の念が強かったのでは」と声を詰まらせた。
親族の加藤郁子さん(47)は「遺品も遺骨も何一つなかった。とても温厚な方だったと聞いていました」と話した。
OBONソサエティによると、今年、同団体を通じて道内に日章旗が返還されたのは馨さんを含めて3人。スタッフの工藤さんは「沖縄戦で同時期に戦死された3人の方が今年、故郷の北海道に帰ってきました。さらに捜索を進めたい」と話した。(道新)
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北海道新聞/遺品の日章旗、遺族の元に 沖縄戦で戦死 苫前出身の加藤馨さん 米のNPO通じ返還 (Japanese News paper featured Flag return in HOKKAIDO Prefecture )
2023-08-11