News
2022-10-24
令和4年10月11日、佐賀県神埼市脊振で執り行われた「佐藤守男」命日章旗返還式について西日本新聞が記事を掲載して下さいました。
2022-10-16
Several letters written by Japanese soldiers who perished on an island in Indonesia during World War II have been found in the United States. The Japan-War Bereaved Families Association received a req...
2022-10-16
佐藤守男命日章旗返還式雑感 「Alexandra De Leon」 ーアレクサンドラさんは現在、「寄せ書き日の丸」など日本兵の遺品を通じ、日本史の博士号を取得すべく米国から来日している上智大学の客員研究員ですー 原文は英文ですが下部にOBONスタッフが翻訳した日本語があります。 ーーーーーーーーーー ーSaga Flag Return CeremonyーAlexandra De Leon This...
2022-10-15
出征兵士の日章旗が遺族の元へ 「戦争あってはならぬ」思い強める 第2次世界大戦に出征し、22歳で戦死した秋田県美郷町(旧六郷町)の藤岡長右エ門さんが戦地に携えた日章旗が14日、おいの深田重雄さん(65)のところに戻ってきた。深田さんは「帰ってこられてよかった。戦争はあってはならない」との思いを強くした。 町によると、藤岡さんは8人兄妹の長男。陸軍に所属して出征し、1944年にニューギニア・ホーラン...
2022-10-15
秋田魁新報/米国から美郷町の親族へ日章旗 太平洋戦争で戦死、反戦の思い新た (Japanese Newspaper featured Flag return in Akita Prefecture )
米国から美郷町の親族へ日章旗 太平洋戦争で戦死、反戦の思い新た 太平洋戦争に出征し、ニューギニア島で戦死した秋田県美郷町六郷東根出身の藤岡長右エ門さん=当時(22)=の遺留品である日章旗が米国で見つかり、14日に遺族へ返還された。受け取ったおいの深田重雄さん(65)=美郷町畑屋=は「生きて帰りたかったと思うが、形あるものが返ってきてうれしい」と感慨深げに語った。 藤岡さんは1922年、8人きょ...
2022-10-14
令和4年10月11日、佐賀県神埼市脊振にて同地区出身の日本兵「佐藤守男」命の日章旗返還式を執り行うべく九州へ向かいました。私の住む北海道札幌市からは2300kmの道のりです。北海道の山間部はすで初冠雪を迎え、平野部でも冬の到来を告げる「雪虫」が飛び交っています。もう何日もしないで初雪が地面を濡らすような季節です。佐賀県はようやっと秋が深まり山間部では栗が道路を転がり、柿がその重みに耐えるように枝を...
2022-10-14
佐藤守男命日章旗返還式の雑感ーOBON捜索班【山本貴久】 佐藤守男命日章旗返還式に至るまでの雑感:(1) 10月11日(火曜日)佐賀県神埼市脊振町で行われた日章旗返還式に参列してきました。米国、ニューメキシコ州の軍事博物館に長年展示されていた旗です。個人ではなく軍事博物館から(つまり米国の軍からという事になります)の返還は初めてのことになります。今から3年前に、米国でOBONソサエティへ返還式が執...
2022-10-12
10月11日に佐賀県神埼市脊振にて執り行われました「佐藤守男」命日章旗返還式について【佐賀新聞】が7日と12日、【読売新聞】が12日に、それぞれ記事を掲載してくださいました。
2022-10-12
米軍施設の日章旗、遺族へ 義妹の佐藤淑子さん「責任をもって弔いたい」 神埼市脊振町ー2022/10/12 07:00 神埼市脊振町の鳥羽院山荘 太平洋戦争で戦死した神埼市脊振町出身の男性の遺品である日章旗が11日、遺族に返還された。受け取った遺族の代表は、戦後77年以上が経過した重みをかみしめながら「責任を持って弔いたい」と話した。 返還されたのは、米の軍事博物館に展示されていた日章旗。仲介する米...
2022-10-12
太平洋戦争中、南太平洋のニューギニアで1943年に戦死した神埼市脊振町出身の佐藤守男さん(当時24歳)の所持品だった日章旗が11日、米国の軍事博物館から遺族に返還された。遺族たちは約80年ぶりに故郷に帰った遺品を前に、感慨深げな表情を見せた。 旗は、親族らが激励の言葉を寄せたとみられ、「武運長久祈る」「佐藤守男君万歳」「滅私奉公」「 往い け軍旗の基に」などと戦時下を思わせる言葉が並んでいる。 ...